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「第十四話 投書」

文書課長を悩ませるものの一つが、差出人不明の投書である。新聞の投書欄に登場する投書には、建設的な意見や提案なども少なくないが、社長宛に送られてくる投書は、その殆どが特定の個人のスキャンダルを暴き、誹謗する類のもので、内容の真偽も疑わしいものが少なくない。事の真相を問い質そうにも、発信者は匿名のためどうしょうもない。こうした投書は、まことに不愉快きわまりない代物だが、捨て置くわけにもいかない。

あれは私が文書課長に就任して間もない頃であった。ある日、文書課に届けられた数多くの社長宛封書の中に差出人の記名のないものが一通あった。
開封してみると、やはり投書である。我が社傘下のK炭坑の坑長Y氏が、就業時間中に、下請け業者Eの招待を受けオートレースの観戦をしていたと、Y坑長を非難中傷し、即刻処罰されたいと書かれている。

Y氏がかねてギャンブル好きで、オートレース場へよく行っているという噂は耳にしていたし、EがK炭坑の下請け業者であることも事実である。だから投書に書かれているようなことが、あったとしてもおかしくはない。だが、事実かどうかは分からない。

今までにも、こうした投書はままあったが、その多くは、仕事を貰えなかった下請け業者の同業者や坑長への妬み恨みから作られた事実無根の中傷に過ぎないことであった。
かと言って事実であったとしたら、私の独断で握り潰す訳にもいかない。処置に困った私は、人事担当の熊谷重役に相談した。
熊谷さんは
「佐藤君、君はこの投書に書かれていることは、事実あったと思うかね。」
と聞かれる。
「Y坑長がしばしばオートレース観戦に行っていることは、周知のことですし、下請け業者のEとオートレース場で一緒にいたとしてもおかしくはありません。坑長がそんなところで下請け業者と同席するというのは、軽率の謗りを受けても仕方のないこととは思いますが、しかし、それだけで袖の下を受け取っていたと断定するわけにはいきません。」
「それで君はどうするつもりかね。」
「Y坑長に尋ねても、否定されたらそれまでで、どうしようもないので、困っています。」
と応えたら
「匿名の差出人では、呼び出して真意を聞くわけにもいかない。しかし事実無根としても、こんな投書をされること自体、坑長としては、反省すべきことではないかね。Y坑長は自分が疑われていることとは思ってもいないに違いない。この投書をY君本人へ渡してやったらどうかね。」
と熊谷さんが言われた。
私は投書をそのままY坑長へ見えるのは如何なものかと思ったが、翌日、Y坑長を本社へ呼んで、
「貴方に関してこんな投書が社長宛に来ています。事実無根の中傷に過ぎないと思い、私の一存で貴方へお渡ししますが、つまらぬ噂を立てられないようご用心下さい。」とのみ述べて手渡した。
Y坑長は痛く恐縮して帰っていったが、そののちオートレース場に姿を見せなくなり、よからぬ噂も聞かれなくなった。
投書が指摘したことが事実であったかどうかは、いまだに分からないが、投書の処置について、また一つ熊谷さんから教えられたことであった。

ramtha / 2015年10月7日