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「十二、靖国神社合祀事務」

連隊本部の事務室勤務となってから間もなく、ガダルカナルで全滅した歩兵百二十四連隊の残務整理の手伝いを命じられた。
営門と道を挟んだ向こうの小高い丘の上に、将校集会所があったが、事務はその一室で行われていた。
ガダルカナルで、九死に一生を得て帰還した松田大尉と、七、八人の下士官が、ガダルカナル島での戦死者を靖国神社に合祀するための書類を作成していたが、私はその手伝いをさせられることになったわけである。
はじめは戦争の修羅場をくぐってきた人達で、しかも将校と下士官ばかりの中へ、新兵の私がただ一人放り込まれ、どうなることかと少なからぬ不安を抱いて出かけたことであった。
執務室の入り口に立って、型通りの申告をはじめたら、正面中央の机にいる将校が、
「ああ、君が佐藤君か。話しは聞いとる。堅苦しい申告などせんでええ。今日から加勢してくれ。仕事のことはみんなに聞いてくれ。」
と、ごく気安く声をかけてくれた。後で分かったことだが、その将校がこの事務での責任者の松田大尉であった。七、八人いる下士官も、軍服は着ているものの、お互いに階級の違いなどないような物言いで、まるで娑婆にいるような雰囲気である。

凍えるような内務班と異なり、赤々とストーブの燃える暖かい部屋で、時にお茶菓子をつまみながらの勤務は、天国にでも来たような気分であった。
松田大尉以下全員が、悲惨なガダルカナルの戦場を経験して来たに違いなかったが、彼らは執務中、絶えず雑談を交わし、明るい笑い声が絶えなかった。
彼らの会話から察すると、この事務が終われば、彼らは招集解除となることが決まっていたようだ。彼らの中には、杭州湾上陸以来の者もいるようで、ずいぶん長い間、故国を離れて洗浄を駆けずり回っていた事が覗われた。それだけに彼らの喜びは大きく、この部屋の明るい笑い声となっているのだろうと思われた。

仕事はガダルカナルで戦死した兵隊一人一人について、戦死の状況をを記録した書類を作成することであったが、私はその書類に誤りはないか、読み合わせをさせられた。
戦死した日時、場所と死因などを、ごく簡単に記した文章にすぎないが、胸部貫通銃創とか、頭部砲弾破片創などの死因にも劣らぬくらい、戦争栄養失調症と記されたものが数多くあった。
また、その名簿の本籍地欄に、同じ村の同じ字名が記載されていつものが、五人も十人も続いて出てくることもあった。
読み合わせをする下士官は、早口によどみなく読み上げて行くが、私の頭の中には、見たこともないガダルカナルの、暗いジャングルの中をさまよう兵隊の姿が描かれたり、山あいに身を寄せ合うようにして立つ農家の風景が浮かんだりした。

ramtha / 2015年6月17日