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「安全保障論争の問題点」

今朝の毎日新聞には山田孝男氏の「どんな国になるのか」と題する一文があった。連日報道されている安全保障論議の問題点を教えられる最適な資料としてその全文を転記する。

安保論戦は関連法案を通すか、潰すかの一点に傾き、日本の平和を守るために何をすべきかという総合的な討論は無い。

この偏りは国防リアリズムの極致、スイスと比べるとよくわかる。
スイスは中立国だから同盟国がない。集団的自衛権もない。国連決議に縛られて紛争に関わることを嫌い、二〇〇二年まで国連に加盟しなかった。

以前の「絶対的中立」から国連に入って「制限的中立」へ転換したが、実態は武装中立である。中立を守るために国民皆兵制を取り、二十歳以上の男子に兵役義務がある。少年兵学校で受け取った小銃は自宅で保管する。
初任訓練後も三十歳までは、毎年、一定期間の訓練が義務。理由なく忌避すれば公民権停止である。
まだある。国境の道路には戦車の侵入を阻む鋼鉄版が埋め込まれ、橋脚には爆薬を差し込む溝。家庭用核シェルターの設置も義務付けられ、普及率100% 。この政策の背景には、原爆投下後、放射能が弱まる二週間をシェルターで過ごせば被害が最小に食い止められるという考え方があるという。
有事に備え、収穫した小麦の半年間の備蓄を義務づける法律もある。これらの政策が独裁者の号令ではなく、直接民主主義の討論、投票によって採用されているところにスイスの面目がある。

翻って日本。
中国海空軍の急速な発展により、海という天然の障壁が事実上取り払われた今、日米安保強化、集団的自衛権で対抗するという提案は、純粋に軍事的選択肢としては、それなりに理屈が通っている。
もちろん、この提案には様々な問題が伏在しているが、反対派の批判には国防全体を見渡す総合性がない。政府の情勢認識は認めつつ、矛盾を突くが、ではどう国を守るかという具体的構想は無い。

反対派のこの無責任、無計画を見透かした政府与党は「言うだけ言わせておけ」と割り切っている。法案の「七月中旬、衆院通過」は公然の秘密。反対派はもっぱら「法案を潰せ」と連呼している。

すると、毒舌の作家と自民党国会議員が「マスコミつぶせ」と反撃、新しい戦線を形成したというのが先週までの流れだ。

スイスのリアリズムとかけ離れた日本の国防論議の底には、世界三位の経済大国でありながら、米国に守られて栄えるという、他の経済大国には見られぬ歴史的特異性がある。

経済大国は元来、平和的存在とは言えない。他の大国と対立、競争し、しばしば弱小国を圧迫する加害者的な存在である。

日本が経済大国であるということ自体、異郷で日本が紛争に巻き込まれるかも知れぬ・・などという悠長な状況ではなく、通商、貿易、観光など、日本人の日常活動自体が不断に国際紛争の火種をかき立てていると見るべきだろう。
法案さえ葬れば平和とも思えぬ所以である。

経済大国の防衛ラインを縮めるには経済の水準を下げればいい。経済の専門家は「わずかな縮小でも破壊的、狂気の沙汰」と取り合わぬが、環境重視派は「経済発展なら破滅」と警告している。

日本はこのジレンマをわきまえ、国際平和と節度ある豊かさを探っていく。そういう国家戦略、世界構想が描けていない。攻守ともに描いて欲しい。

以上の論説を拝見して教えられた事、感じた事を書きとめておく。

① スイスが永世中立国であり、その中立を維持するための武装をした国である事は知っていたが、それ以外の事は、これを見て初めて知ったことである。

とりわけ感銘を受けたのは、これらの政策が、国民の直接投票によってなされているということで、山田氏の評価する「スイスの面目」であり、羨ましい限りと思ったことである。

② この羨ましいスイスについて、せめてその概要でもと、手元にある広辞苑を繙いて(ひもといて)みたら、次のように説明されている。

スイス=中部ヨーロッパにある連邦共和国。アルプス山脈が南部を走り、風光明媚な観光地が多い。国民はドイツ系(75%)、フランス系(20%)、イタリア系(4%)などからなる。

公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語。一六四八年神聖ローマ帝国から独立。永世中立国で、国際赤十字社、国際労働機関など多くの国際機関の本部がある。精密機械工業、牧畜、観光産業が発達。面積は四万一千平方km、人口七三九万。首都ベルン。

③ これを見てさらに驚いたのは、多様な民族が混在し、公用語が四つもあることで、このような複雑な条件下で、しかも民主的な投票により、国民皆兵、シェルター設置、半年間の備蓄義務などが行われるているとは、驚くほかは無い。
日本は単一民族、単一公用語でありながら、安全保障問題では、未だ国論の一致が見られない。どうしてだろう。

④ 考えてみると、日本は戦後七〇年間米国の核の傘の下に守られ、自国の安全保障について真面目に考えることなく過ごしてきた。まして今日の指導者層の安倍総理をはじめ戦後生まれで、日本の高度成長期にぬくぬくと育ってきた人たちばかりでは、与野党を問わず、安全保障について真剣に考えたことなど無いのではなかろうか。

⑤ 山田氏の指摘する反対派の無責任、無計画とそれを見透かした政府・与党の対応を見ると、どちらも真剣に国の安全保障について国論の統一を目指しているとは思えない。国論の統一なくして、対外的行動において、国の力を発揮することは出来ないではないか。

⑥ 日本が経済大国である事は、ひたすら良い事とのみ考えていたが、経済大国である事は他の大国との対立や弱小国を圧迫することなど、考えてもみなかった。自分の無知を思い知らされた。
考えてみれば、資源に乏しいわが国は、中国をはじめ発展途上国の資源を掻き集め、これに付加価値をつけて輸出し、利鞘を稼いで発展してきた。最近でこそ限りある資源の有効利用が論議されているが、輸入資源に加工して輸出する形は今後とも変わらないだろう。とすれば輸出入の相手国と良好な関係を保つことが、最大の課題である。日本の安全保障はこれを抜きにしては語れないはずである。

⑦ スイスが永世中立国であることが、今では世界周知のことであり、仮にスイスへ攻撃を仕掛ける国があれば、その国は世界中の国々から激しい非難を受けることになるに違いない。そしてそのことがスイス攻撃の暗黙の抑止力となっている。

日本も平和憲法の下で戦後七十年続けてきた不戦平和の実積を、今後さらに積み上げて行くことにより、スイスと同じような抑止力を築き得るとすれば、それが最大の安全保障の力となるに違いないと思うがどうだろ

賢明な諸兄のご批判を仰ぎたい。

(平成二十七年六月二十九日)

ramtha / 2015年12月7日