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十二月十八日「宗教と戦争」

アメリカのトランプ大統領が、エルサレムをイスラエルの首都と認める発言をしてから、世界各国に賛否両論が渦巻いている。これについて、今月十日の毎日新聞に、外信部デスクの和田浩明氏が次のように詳細な解説をしている。

パレスチナ問題は「世界でも最も解決が難しい」とも言われる紛争の一つです。イスラエルと、パレスチナとその後ろ盾であるアラブ諸国の間で主として、争われ、米国などが和平交渉を仲介してきましたが、今も解決していません。

パレスチナの地は古来、多様な人々が住み、ユダヤ人は一~二世紀、ローマ帝国に反乱を起こして敗れ世界に離散しました。十九世紀末には帰還・建国運動が活発化し、やがてアラブ大住民との対立が高まりました。

国際連合は一九四七年に総会でパレスチナを二分する「分割決議」を採択しました。アラブ人とユダヤ人の国家を創出し、エルサレムを国際管理下に置くという内容です。決議の背景には、第二次大戦中、ナチス・ドイツに大量に殺害されたユダヤ人に国際的同情が集まったこともあります。

ユダヤ人は四八年にイスラエルを建国しましたが、決議に反対したアラブ諸国は武力に訴え、第一次中東戦争が始まりました。イスラエルとアラブ側は七三年まで合計四回も戦争をしましたが、基本的にはイスラエル側が勝利して占領地を広げました。両陣営は一部を除き敵同士の状態が続いています。

九十年代に入ってノルウェーの仲介で「オスロ合意」が結ばれました。イスラエル軍がヨルダン川西岸とガザ地区から撤退しパレスチナ側が暫定自治を始めることになりました。詳細はその後の交渉で詰めることになっていましたが、目立った前進は見られません。パレスチナ側も分裂状態が続いていました。今月六日には、「中東和平推進」をうたう米国のトランプ大統領が、エルサレムをイスラエルの首都と認め米大使館を移転させると発表しました。政策の大転換で、アラブ側は「米国を中立な仲介者と信じられなくなる」と激しく反発しています。

また、今朝の紙面では、

イスラエルのパレスチナ占領に反対してきた車椅子の青年が今月十五日、イスラエル兵に銃撃され死亡した。9年前にイスラエル軍の攻撃で両足っを失い、「抵抗のシンボル」とされたてきた、イブラヒム・アブスライヤさん(二九)。死の瞬間まで、トランプ大統領の「エルサレム首都認定」にも抗議の声を上げ続けていた。パレスチナの多くの人々が、その死を悼んでいる。

右の記事を読んで、感じたことや考えたことを書きとめる。

①かつてナチス・ドイツのヒットラーが、第一次大戦後、民族純血主義を唱え、アウシュビッツの捕虜収容所で、多数のユダヤ人を殺害したことがあったが、ヒットラーが戦争に負けてしまったので、悪者にされ、諸外国の同情がユダヤ人に集まることになった。

しかし、ヒットラーが、ユダヤ人を殺害した真の理由は明らかにされていないが、当時のドイツ国内におけるユダヤ人の行動に、目に余るものがあったのではないか、と私は考えている。それがヒットラーの逆鱗に触れアウシュビッツのユダヤ人殺害になったものと思われるが、どうだろう。

②アラブとイスラエルとの紛争では、イスラムの唯一神アッラーと教祖ムハンマドを信仰するイスラム教徒とキリスト教を心に抱く白人との、人種と宗教の違いが根底にあるものと考えられる。

③また、イスラエル軍は、国際連合の決議を無視して、パレスチナ領内に侵入し、住宅を建設したりなど、傍若無人の振舞を続けているとも伝えられているが、旧約聖書では、ユダヤ人は紳から選ばれた民と言う神話があり、それを、今なお信じている希有(けう)な民族といわれている。だから、ユダヤ人から見れば、他の民族は、彼らに奉仕する僕(しもべ)としか思って居ないのではないか。

④なお、十一世紀末から十三世紀後半にわたって七回行なわれた聖地パレスチナ、殊にエルサレムをイスラム教徒から奪回するための遠征、所謂(いわゆる)十字軍や、また、一六一八年から一六四八年の間、行なわれた三十年戦争など、イスラムとキリスト教徒との争いは、宗教の違いによる戦争であったと思われる。

⑤これらを見ると、過去の戦争の大半は、宗教を異にする者同士の闘いであったと言わざるを得ない。宗教は、そもそも、キリスト教にしろイスラム教にしろ、われわれと同じ人間である教祖が、考え出したものではないか。

それを、如何にも目に見えない天の神からの啓示によるものとすることが、インチキではないか。

教祖と言われる人は、信者を愚盲な人々と、陰で笑って舌を出しているのではないか。私は大昔の迷信は別として、今の宗教は、教祖を取り巻く幹部たちの懐を増やす手段に過ぎないものと思っている。

ramtha / 2018年3月31日